鹿・猪・猿の脅威:「共存」を問われる日本列島で起きている静かな異変

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近年、日本の里山や農村地帯で深刻化している野生鳥獣による被害は、もはや「三大害獣」と呼ばれる鹿、猪、猿などの複合的な脅威となっています。これは、単に農作物を食い荒らすという経済的な損失に留まらず、生態系を歪め、人々の暮らしや地域社会の存続そのものを揺るがす、極めて深刻な社会問題です。

この記事では、三大害獣による被害の具体的な実態と数字を提示し、なぜ被害が拡大しているのか、そして私たち人間がこの問題とどう向き合い、「共存の道」を探るべきかについて深く考察します。

筆者撮影『鹿』
『猿』
『猪』

1. 導入:私たちの生活圏に迫る「三大害獣」の脅威

農林水産省が公表したデータによると、野生鳥獣による全国の農作物被害額は、依然として高水準で推移しており、令和4年度の被害額約156億円に上ります。そして、この被害の実に約7割は、鹿、猪、猿の3種によるものです。

農林水産省 全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(令和4年度) 引用元 https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/hogai_zyoukyou/h_zyokyo2/r4_higai.html

被害は金額換算されるものだけではありません。一度猿の群れに襲われた農地では、常に警戒を強いられ、農作業のストレスが増大します。また、鹿や猪による被害で収穫が見込めなくなれば、農家の営農意欲は低下し、耕作放棄地が増加します。この耕作放棄地がさらに動物の隠れ場所となり、被害が拡大するという「負の連鎖」を生み出し、やがては集落そのものが衰退していく危機に直面しているのです。

この問題の根底には、私たち人間と野生動物との「距離感の変化」があります。なぜ、昔から里山にいた動物たちが、今これほどまでに私たちを脅かすようになったのでしょうか。

2. 被害拡大の背景:複雑に絡み合う人間の都合と自然の変化

三大害獣の被害が同時に深刻化している背景には、動物側と人間側の両方に起因する構造的な問題が存在します。

野生動物側の事情(個体数増加の要因)

狩猟者の減少と高齢化:

動物の個体数を管理する役割を担ってきた狩猟者の数が、この数十年間で大幅に減少し、高齢化も進行しています。この結果、山から人里へ進出する動物たちへの捕獲圧(駆除の力)が低下し、彼らの生息域の拡大と個体数の増加を食い止められなくなっています。

天敵の不在:

食物連鎖の頂点であったオオカミの絶滅は、鹿や猪の自然な個体数増加を抑制する機能を失わせました。

気候変動と環境の変化:

温暖化の影響で冬の積雪量が減り、餌が確保しやすくなったことで、鹿や猪の越冬率や繁殖率が向上しました。

人間側の事情(里山との関係性の変化)

耕作放棄地の増加:

過疎化や後継者不足により、手入れされなくなった農地や竹林、雑木林は、動物たちにとって安全な隠れ場所(ねぐら)や、人里へ近づくための通り道を提供しています。

里山の緩衝地帯の消失:

かつて、人間が定期的に利用・手入れをしていた里山は、集落と山との間に動物が身を隠しにくい**「緩衝地帯」**として機能していました。しかし、手入れがされなくなったことで境界線が曖昧になり、動物が人里へ容易に侵入できるようになっています。

3. 被害の実態:三者三様の「手口」と被害の連鎖

鹿、猪、猿は、それぞれ異なる生態と知恵を持ち、その被害の出方にも特徴があります。対策を講じるには、彼らの「手口」を知ることが重要です。

鹿の被害:食害と生態系破壊

鹿の被害は、「食べる」ことによる広範囲な影響が特徴です。

1. 農作物への食害:

特に新芽や若い葉、果樹の芽など、植物の成長に重要な部分を狙います。一度味を覚えると何度も来襲するため、特定の作物の作付自体を諦める農家も少なくありません。

筆者撮影

2. 森林・生態系への影響:

冬場には、樹木の樹皮(木の皮)を剥いで食べる「剥皮(はくひ)被害」が多発します。これにより木は枯死し、林業に甚大な被害を与えます。また、高山植物などを含む下層植生を食べ尽くすことで、土壌がむき出しになり、土砂崩れのリスクを高めるなど、生態系そのもののバランスを崩します。

猪の被害:掘り起こしとインフラ破壊

猪の被害は、強靭な鼻(吻)を使った「掘る」行為による物理的な破壊が特徴です。

1. 農作物の掘り起こし:

ジャガイモ、サツマイモ、タケノコ、稲の根など、地面の下にある作物を鼻で掘り返します。畑が一夜にして耕したようにひっくり返される光景は、農家に大きな絶望感を与えます。

2. インフラ破壊:

畦畔(あぜ)や河川の堤防、ため池の護岸などを掘り返し、構造を弱体化させます。これが原因で水漏れや崩落といった二次災害を引き起こす危険性があります。

猿の被害:集団行動と学習能力の高さ

猿の被害は、「知能の高さ」と「集団行動」による、対策の難しさが特徴です。

1. ピンポイントの迅速な食害:

猿は群れで行動し、短時間で畑に侵入し、収穫間近の作物を選んで持ち去ります。鹿のようにその場で食べ尽くすだけでなく、木の上など安全な場所へ運んでから食べるため、被害の全容把握や追い払いが難しいことがあります。

2. 昼間の警戒と常習化:

主に昼間に活動するため、農家は常に監視を続ける必要があり、精神的な疲労が大きいのが特徴です。また、追い払ってもすぐに戻ってくる学習能力が高く、一度安全だと認識した場所や農作物への執着は非常に強くなります。

3. 生活被害:

人の生活圏に慣れると、ゴミ集積所や無施錠の納屋などから食料を盗むなど、人との直接的な軋轢を生み出し、地域住民の不安を増大させます。

4. 対策の最前線:知恵と技術による三獣対策

三大害獣の被害を抑えるためには、それぞれの動物の生態に合わせた重層的な対策が必要です。

侵入防止・防御策

最も重要となる防御策は、鹿、猪、猿のすべてに有効な電気柵の適切な設置です。

鹿・猪対策:

鹿はジャンプ力(高さ1.5m以上)、猪は鼻を使った掘削(地面との隙間ゼロ)を考慮した設置が必要です。特に電気柵は、定期的な電圧チェックを怠ると、すぐに動物に無効だと学習されてしまいます。

猿対策:

猿は高い知能と優れた登攀能力を持つため、単なる柵では簡単に乗り越えられてしまいます。猿への対策としては、電流が地面近くから上まで多段に張られた電気柵で完全に農地を囲うこと、そして何よりの場所は危険だ」と学習させるための「追い払い」の徹底が重要になります。追い払いを群れ全体が怖がるまで一貫して行わなければ、効果は一時的で終わってしまいます。

捕獲・管理と地域の連携

防御策をすり抜けてくる動物に対しては、個体数管理のための捕獲が不可欠です。

捕獲と管理の推進:

鹿や猪は、個体数調整のために箱罠やくくり罠を用いて積極的に捕獲が進められています。一方、猿は保護鳥獣であり、捕獲には許可や特定の条件が必要で、追い払いによる管理が主な対策となります。

地域ぐるみでの対策:

動物は地域全体を移動するため、集落や複数の農家が共同で防御柵を設置・管理することが不可欠です。誰か一人が対策を怠ると、そこが侵入経路となり、全体の努力が水泡に帰します。被害情報を共有し、獣害マップを作成するなど、地域全体で監視の目を持つことが解決の鍵となります。

5. 結論と提言:未来へ向けた「共存」の視点

鹿、猪、猿の被害問題は、私たちが日本の豊かな自然とどう向き合うべきかという、根源的な問いを投げかけています。

倫理的な視点と命の活用

捕獲(駆除)は、私たちの生活と自然を守るために避けて通れない手段ですが、それは同時に、「命をいただく」という行為への責任を伴います。

捕獲された鹿や猪の肉をジビエとして積極的に利用することは、単なる経済的な価値に留まらず、「命を無駄にしない」という倫理的な責任を果たすことにつながり、継続的な捕獲活動を支える持続可能なサイクルを生み出します。

私たちにできること

この問題の解決には、「里山を再生し、人間と動物の境界線を再定義する」という長期的な視点が必要です。

1. 境界の明確化:

集落の周辺にある耕作放棄地や藪を整備し、動物の隠れ場所や侵入経路を断つ。

2. ジビエの消費:

飲食店などでジビエ料理を積極的に選び、地域社会の取り組みを支援する。

3. 地域の活動への参加:

農家でなくとも、地域の獣害対策や里山整備のボランティアに参加し、「自分事」として問題に関わる。

鹿、猪、猿との戦いは、まさに「人間の知恵と粘り強さ」が試される挑戦です。私たちは、彼らをただの「敵」として排除するのではなく、彼らの存在を認めつつ、私たちの生活と生命の安全を守る「新たな共存の道」を、知恵と技術、そして地域社会の連携によって切り開いていかなければなりません。

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